乳がん治療の入院初日②|娘のために生きると決めた日

最後の授乳を終えて、病院へ向かいました。

朝、母にハグをしてもらいました。

「行ってらっしゃい。頑張っておいで」

そう言って送り出してくれた母は、泣いていました。

母も、私と同じ治療を受けた経験があります。

だからきっと、これから私がどんな思いをするのか、自分の経験と重ねながら分かっていたんだと思います。

私も泣きそうになりました。

でも、泣いたら全部が崩れてしまいそうで、できるだけ気持ちを抑えて病院へ向かいました。

9時30分、入院

9時30分に入院。

そして12時15分から、抗がん剤治療のためのCVポートを造設する手術を受けることになっていました。

私は田舎の医療従事者なので、こういうときに少し気まずいことがあります。

ポートを埋め込む手術を担当してくださった先生は、なんと、その先生が研修医時代に一緒に仕事をしたことのある、顔見知りの先生でした。

「え、知ってる先生だ……」

と、内心かなり気まずくなりました。

たぶん先生も私に気づいていたと思います。

でも、お互いに知らないふりをしました。

先生はきっと、私が患者としてここにいることを察して、あえてそっとしておいてくれたんだと思います。

今思い返しても、あの距離感がありがたかったです。

手術が怖かった

私は痛いことが本当に苦手です。

だから、ポート造設の手術も怖かった。

局所麻酔をして、胸のあたりにポートを埋め込む。

頭では必要な治療だと分かっていても、やっぱり怖いものは怖い。

でも、ふと思いました。

「1か月も経っていない前に、私は3日間に及ぶ壮絶な陣痛を経験したんだ」

あの陣痛に比べれば、こんなの屁でもない。

そして何より、

私は娘のために生きなきゃいけない。

生きて、生きて、生きるんだ。

そう心の中で何度も思いました。

娘を残して死ぬわけにはいかない。

この子を育てるために、私は絶対に生きる。

そう決めて、痛みに耐えました。

途中で涙が出た

手術の途中、涙が出てきました。

すると看護師さんが、

「痛いですか?」

と心配してくれました。

でも、違いました。

痛くて泣いたんじゃない。

もちろん手術への怖さはありました。

でも、それ以上に苦しかったことがありました。

局所麻酔を使ったことで、もう娘に授乳することができない。

そして明日からは、抗がん剤治療が始まる。

つまり、娘に授乳できる日は、本当に今日で終わりだった。

そう思ったら、涙が出てきました。

もう二度と授乳できない

朝、家を出る前にした授乳が最後。

そう分かっていたつもりでした。

でも、実際にポートを造設する手術を受けて、

「もう娘には授乳できないんだ」

と改めて実感しました。

私は娘が生まれる前から、1歳くらいまでは母乳で育てたいと思っていました。

それが、生後1か月にも満たないうちに終わってしまった。

あまりにも突然でした。

もっと授乳したかった。

もっと娘を抱いていたかった。

もっと一緒にいたかった。

いろんな気持ちが一気に込み上げてきました。

でも、長く泣くことはしませんでした。

できるだけ平然としていました。

なにせ、知っている先生です。

こんなところで大泣きしている姿を見られるのも、なんだか恥ずかしくて。

だから、できるだけ普通の顔をしていました。

でも心の中では、

「娘のために絶対に生きる」

その気持ちだけは、ずっと強く持っていました。

この日、私は乳がん患者として治療を始める準備をしました。

そして同時に、

娘の母親として、生きるために戦うことを決めた日でもありました。

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